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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11489号 判決 1987年3月10日

原告

株式会社エム・シー・エル

右代表者代表取締役

佐々木信義

右訴訟代理人弁護士

石川勲蔵

飯島澄雄

山下英樹

被告

小澤昌明

被告

株式会社アイ・シー・エス

右代表者代表取締役

染谷和夫

右両名訴訟代理人弁護士

布井要太郎

被告

株式会社東京機械製作所

右代表者代表取締役

芝康平

右訴訟代理人弁護士

長谷川修

主文

被告小澤昌明及び被告株式会社アイ・シー・エスは原告に対し、各自金一七〇〇万円及びこれに対する被告小澤昌明については昭和五七年一〇月二六日から、被告株式会社アイ・シー・エスについては同月二三日から、各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告小澤及び被告株式会社アイ・シー・エスに対するその余の請求並びに被告株式会社東京機械製作所に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の二と被告小澤昌明及び被告株式会社アイ・シー・エスに生じた費用を同被告らの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社東京機械製作所に生じた費用を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金二〇〇〇万円及びこれに対する被告小澤昌明は昭和五七年一〇月二六日から、被告株式会社アイ・シー・エス及び被告株式会社東京機械製作所は同月二三日から、各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、ロストワックス精密鋳造の総合エンジニアリングを主な業務内容とする株式会社である。

(二) 被告小澤昌明(以下「被告小澤」という。)は昭和五〇年当時原告の従業員であつたが、昭和五四年七月二五日に退職した者である。

(三) 被告株式会社アイ・シー・エス(以下「被告アイ・シー・エス」という。)は昭和五四年七月一一日設立されたロストワックス鋳造法に関するエンジニアリング業務を主たる業務内容とする株式会社である。

(四) 被告株式会社東京機械製作所(以下「被告東京機械」という。)は、昭和五〇年六月二六日、原告との間で後記「ロストワックス鋳造法に係る自動シェルコーティング装置の製造実施権供与に関する契約」を締結し、後記大型精密鋳造用ロボットの製造を請け負つた株式会社である。

2(一)  原告は昭和五〇年九月五日カナダ法人サーキャスト社の子会社であるベルギー法人プレシジョン・キャスティング・システム社(以下「プレシジョン社」という。)との間で、「精密鋳造技術およびそれに関するロボット装置の製造にかかる技術援助契約」(以下「本件技術援助契約」という。)を締結した。

(二)  原告は、本件技術援助契約に基づき、プレシジョン社から大型精密鋳造用ロボット(以下「本件ロボット」という。)の日本における独占的製造販売権を許諾されるとともに、本件ロボットの製造技術に関するノウハウ及び本件ロボットを用いた場合を含む非鉄金属系精密鋳造品の製造技術に関するノウハウ(以下前者を「本件ロボット製造ノウハウ」、後者を「本件ロボット使用等ノウハウ」といい、両者を合わせて「本件ノウハウ」という。)の開示を受けた。

3  被告東京機械の債務不履行責任

(一) 原告は昭和五〇年六月二六日被告東京機械との間で、本件ロボット(自動シェルコーティング装置及びテイクアップシステムを含む。)の製造を同被告に請け負わせることを内容とする「ロストワックス鋳造法に係る自動シェルコーティング装置の製造実施権供与に関する契約」(以下「本件製造実施契約」という。)を締結し、これに基づき、本件技術援助契約により原告がプレシジョン社から開示を受けた本件ノウハウのうち本件ロボット製造ノウハウをさらに同被告に開示することを約した。

(二) 本件製造実施契約において、被告東京機械は原告に対し、契約後イニシャルペイメント振込完了日の昭和五〇年七月一八日から五年後までの間の契約期間中、本件ロボット(自動シェルコーティング装置及びテイクアップシステムを含む。)の製造技術及びロストワックス精密鋳造技術等を機密事項としてその機密保持を厳守し、いかなる方法においても第三者にこれを公表または公開しないこと(同契約書第三条)及び同契約締結後一〇年間が経過するまでは本件ロボットの製造技術及びロストワックス精密鋳造技術を第三者に譲渡または公開しないこと(同契約書第八条)を約するとともに、右契約期間中本件ロボットを原告にのみ納入し他に納入してはならない義務(同契約書第一〇条)及び同契約期間満了後は本件ロボットを製造販売しない義務を負担した。

(三) 被告東京機械は昭和五〇年七月ころ訴外株式会社金田機械製作所(以下「金田機械」という。)との間で、本件製造実施契約に基づく被告東京機械の本件ロボット製造について金田機械に下請をさせる旨の契約を締結し、これに基づき同社は、被告東京機械に代わつてプレシジョン社から直接本件ロボット製造ノウハウの開示を受けた(但し、テイクアップシステムについてはその製造に必要なロストワックス技術を有しなかつた金田機械に代わつて原告が自ら製造した。)。

(四) ところが、金田機械は昭和五五年六月二八日被告アイ・シー・エスとの間で「精密鋳造法に係る鋳型造型用ロボットの販売に関する契約」を締結し、これに基づき、本件製造実施契約にいう第三者に当たる同被告に対し、本件ロボットのテイクアップシステムの図面を交付した外、自動シェルコーティング装置の図面、本件ロボットの取扱説明書等を交付し、もつて本件ロボットの製造技術を公表公開してこれを漏洩するとともに、後記7記載のとおり、株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)とジューキ会津プレシジョン株式会社(以下「ジューキ会津プレシジョン」という。)に向け販売用の本件ロボットの自動シェルコーティング装置計二台を製造して同被告に販売納入した。

(五) 金田機械はもともと業務内容、役員構成、株主構成、実際の営業上の協力体制等から被告東京機械と密接な関係を有する上、本件ロボット製造につき被告東京機械は一〇〇パーセント金田機械に任せ、その目的のために西政喜(以下「西」という。)を出向役員として金田機械に派遣していること、さらには右契約にあたり、被告東京機械は両者の密接な関係を原告に強調していたことから、本件製造実施契約に関する限り被告東京機械と同一視されるべき存在であり、仮にそうでないとしても被告東京機械の本件製造実施契約上の義務の履行補助者に当たるから、被告東京機械は金田機械の右機密漏洩及び本件ロボットの被告アイ・シー・エスへの販売につき原告に対し債務不履行の責任を負うべきである。

また、右機密漏洩等は、被告東京機械が本件ロボット製造について下請として使用した金田機械に対し機密を厳守させるためのなんらの手立ても講じなかつたために生じたものであるから、被告東京機械は原告に対しこの点についても債務不履行責任を負うべきである。

4  被告小澤の債務不履行責任

(一) 被告小澤は、原告の従業員であつた昭和五〇年五月ころ、原告に対し「プレシジョン・キャスティングSAとの精密鋳造技術に係る技術提携に関する機密保持誓約書」(以下「本件誓約書」という。)を差し入れ、本件技術援助契約の期間満了後五年間が経過するまで(昭和六〇年一一月三日まで)はプレシジョン社から提供された本件ノウハウ(本件ロボット製造ノウハウ及び本件ロボット使用等ノウハウの双方を含む。)を第三者に漏洩しない旨を約した。

(二) 被告小澤は、その後原告においてロストワックス精密鋳造業務及びロストワックス精密鋳造に関するエンジニアリング業務等に従事して本件ノウハウを修得したが、原告在社中に本件誓約書にいう第三者に当たる被告アイ・シー・エスの取締役に就任した上、昭和五四年七月二五日には原告会社を退職し、後記7記載のとおり同被告が日立製作所とジューキ会津プレシジョンに対して本件ロボットを製造販売するに際し、同被告に対し右修得に係る本件ノウハウを開示し、また退職の際原告会社から無断で持ち出した本件ノウハウに係る資料等を提供した。

原告がプレシジョン社から開示を受けた本件ノウハウのうち被告小澤が被告アイ・シー・エスに漏洩し、かつ、原告の後記8の損害と因果関係のあることが明らかなものとしては少なくとも次のようなものがある。

(1) 本件ロボットの製造に関するもの

テイクアップシステムを構成するフォーク、カップリング、ハンドル等の製造方法

(2) 本件ロボットを用いたロストワックス精密鋳造品の製造技術に関するもの

ツリーの形状、重量等の性質に応じた本件ロボットによるコーティングの方法、ツリーそれ自体の構造、重量等、ツリーとカップリングとの固定の方法その他

(3) 被告小澤が原告から持ち出した資料等

本件ロボットの取扱説明書、ロストワックス精密鋳造技術に関するマニュアル、本件ロボットの図面、テイクアップシステムの図面その他

5  被告小澤の不法行為責任

(一) 被告小澤は、前記のとおり、原告のロストワックス精密鋳造業務等に従事して本件ノウハウに接し、かつ、これについて機密保持義務を負つている身でありながら、原告在社中に原告と同一の業務を目的とする被告アイ・シー・エスの設立に中心メンバーとして参画し、同社の常勤取締役に就任した。

(二) その後、被告小澤は原告からの警告を無視し、被告東京機械及びその履行補助者である金田機械が、前記3(二)のとおり本件製造実施契約の期間満了後も原告に対し機密保持義務及び原告以外に本件ロボットを販売しない義務を負つていることを十分に承知の上で、被告アイ・シー・エスの責任者として被告東京機械及び金田機械に積極的に働き掛け、金田機械に被告アイ・シー・エスとの間の前記「精密鋳造法に係る鋳型造型用ロボットの販売に関する契約」を締結させるとともに、同社をして同被告が後記7記載のとおり日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに販売した本件ロボットのうち自動シェルコーティング装置二台を同被告に製造販売させ、かつ、テイクアップシステムの図面、本件ロボットの取扱説明書等を交付させた。

(三) 一方、被告小澤は原告在社中に本件ロボットについて引合のあつたユーザーに対し被告アイ・シー・エスが本件ロボットを売れるようにするため、原告が本件ロボットの独占的製造販売権を失い、被告東京機械から(又は被告東京機械等から権利を取得した金田機械から)販売権を新たに取得した被告アイ・シー・エスが今後は正当な権利者として本件ロボットを販売していくとの虚偽の事実を言いふらし、これを信じた日立製作所とジューキ会津プレシジョンに、後記7のとおり本件ロボットを被告アイ・シー・エスから購入することを決定させた。

(四) 右一連の行為は企業間の自由競争の範囲を逸脱するもので、違法性を帯びることは明らかであるから被告小澤は原告に対し不法行為責任を負う。

6  被告アイ・シー・エスの責任

(一) 5に記載の被告小澤の不法行為は同被告が被告アイ・シー・エスの取締役としてその事業の執行中になしたものであるから使用者である同被告は民法七一五条または同法四四条一項に基づく責任を負う。

(二) また5記載の被告小澤の行為のうち(二)、(三)の各行為は被告アイ・シー・エスの代表取締役である染谷和夫(以下「染谷」という。)も同被告の事業の執行につき自らあるいは被告小澤を指示してこれを行つたものであり、染谷は被告小澤が原告の技術者として本件ノウハウに接していることを知るや同被告に接近して交渉を重ね、同被告をして被告アイ・シー・エスの取締役に就任せしめ、被告小澤が原告に対し前記のとおり機密保持義務を負つていることを知りながら、同被告に本件ノウハウの開示をさせ、また同被告が原告から無断で持ち出した本件ノウハウに係る資料等を提出させた。

そして、被告アイ・シー・エスは、後記7のとおり本件ロボット二台を完成させ、日立製作所とジューキ会津プレシジョンに対しこれをあたかも同社が開発したかの如く宣伝して販売した。

以上のように、被告アイ・シー・エスの代表取締役染谷の行為は被告小澤が本件ノウハウに関し機密保持義務を負つていることを知りながら、むしろ積極的にその漏洩を唆した点において、また製造した本件ロボットをあたかも自社開発したかの如く虚偽の宣伝をして他に販売した点において、企業間の自由競争の限界を逸脱し違法性を帯びるから、被告アイ・シー・エスは原告に対して不法行為責任を負う。

7  被告アイ・シー・エスは前記3記載のとおり金田機械から購入した自動シェルコーティング装置に同社または被告小澤から交付を受けた図面に基づき鋳研工業株式会社に製造させたテイクアップシステムを取りつけて原告会社の製造に係る本件ロボットと同一のロボットを製造し、昭和五七年にそのうちの一台を日立製作所に、一台をジューキ会津プレシジョンにそれぞれ販売納入した。

8  損害

本件ロボットは、従来人手に頼つていたロストワックス精密鋳造法の作業工程を自動化する画期的なものであり、本件ノウハウなくしては製造及び販売をなしえないものであり、しかも、従来本件ノウハウを有していたのは国内においては原告のみであつた。しかるに、被告アイ・シー・エスは本件ロボットと同一のロボット二台を製造して日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに販売し、原告は右両社に対する本件ロボット販売の機会を失い得べかりし利益を喪失したが、これは前記3ないし6に記載の被告らの債務不履行及び不法行為に起因するから、被告らは各自原告が被つた右損害を賠償すべき義務がある。

そして、原告が本件ロボットを販売することにより得られる利益は一台につき金一〇〇〇万円を下らないから、原告は少なくとも合計金二〇〇〇万円の損害を被つた。

9  よつて、原告は被告東京機械に対しては債務不履行に基づき、被告小澤に対しては、債務不履行または不法行為に基づき、被告アイ・シー・エスに対しては不法行為に基づき各自金二〇〇〇万円及びこれに対する被告小澤については同被告に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年一〇月二六日から、被告アイ・シー・エス及び被告東京機械については同被告らに対する本件訴状送達の日の翌日である同月二三日から、各支払済みまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告東京機械の認否)

1 請求原因1のうち、(一)、(三)、(四)の事実は認め、(二)のうち、、被告小澤が原告の従業員であつた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

2 同2の事実は知らない。

3(一) 同3(一)のうち、被告東京機械がテイクアップシステムについても原告からその製造を請け負つたとの点は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同3(二)のうち、被告東京機械がテイクアップシステムについても機密保持義務を負つたとの点及び本件製造実施契約の契約期間満了後は本件ロボットを製造しない義務を負つたとの点は否認し、その余の事実は認める。

被告東京機械が本件製造実施契約によつて原告から製造を請け負つたのは、本件ロボットのうち自動シェルコーティング装置のみであつて、テイクアップシステムはこれには含まれず、全く別個の道具である。従つて、同契約書第三、第八条にいう機密保護の対象たる本装置とは自動シェルコーテイング装置のことであり、テイクアップシステムは含まれない。

(三) 同3(三)のうち、金田機械がテイクアップシステムの製造ノウハウの開示を受けた点は否認し、その余の事実は認める。

(四) 同3(四)のうち、金田機械が被告アイ・シー・エスに対しテイクアップシステムの部品のうちハンドル、カップリング、フォークの三点の図面を交付したことは認める。図面交付の時期は昭和五五年一一月ころである。その余の事実は知らない。

テイクアップシステムは極めて単純な構造のもので、ロストワックス精密鋳造法の知識を有する者であれば誰でもこれを見れば容易に同様の機能を有する安価な類似品を製作できる。そして、テイクアップシステムは本件製造実施契約期間中に原告の取引先に納入され多くの関係者の目に触れていたのであるから、金田機械が被告アイ・シー・エスにテイクアップシステムの図面を交付した昭和五五年一一月ころにはその機密性は失われていた。

また、原告主張の取扱説明書には本件製造実施契約書第三、第八条の「本装置の製造技術」、「本装置に関連するノウハウ」及び「ロストワックス鋳造法に関する技術」に当たるものは全く含まれていないし、その他実質的にみても機密を要求されるような事項は一切含まれていない。

(五) 同3(五)の事実は否認する。

4 同7の事実は知らない。

5 同8の事実は知らない。

(被告小澤の認否)

1 請求原因1の事実は認める(但し、(二)の退職日は昭和五四年七月二〇日である。)。

2 同2のうち、(一)の事実及び(二)のうち原告がプレシジョン社から本件ロボットの販売権を許諾されたとの点は認め、その余の事実は否認する。

プレシジョン社から本件ロボットの製造権を許諾され、現実に本件ノウハウの開示を受けたのは被告東京機械であり、原告は右開示を受けていない。

3(一) 同4(一)のうち、被告小澤が本件ロボット製造ノウハウについても機密保持義務を負つたとの点及び機密保持義務の期間が昭和六〇年一一月三日までとの点は否認し、その余の事実は認める。

被告小澤の機密保持義務の期間は同被告が原告を退社した昭和五四年七月二〇日から五年後の昭和五九年七月二〇日までであり、かつ、被告小澤が原告に対し機密保持義務を負つたのは本件ロボット使用等ノウハウについてのみである。

(二) 同4(二)のうち、被告小澤が被告アイ・シー・エスの取締役に就任したこと及び昭和五四年七月原告会社を退社したことは認め(但し、退社日は七月二〇日である。)、その余の事実は否認する。

被告アイ・シー・エスが日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに販売した本件ロボットの自動シェルコーティング装置は金田機械がプレシジョン社から直接その製造方法の開示を受けて製作し、これを同被告が購入したものであり、右ロボットに装着されているテイクアップシステムについては同被告が金田機械から図面の提供を受けてこれを鋳研工業株式会社に手交の上、同社に発注して右図面と同一の仕様に製作せしめたものである。従つて、被告小澤自身はこれらの製造になんらの技術的な関与もしていない。

また、本件ロボットの操作運転方法については松沢一也らが金田機械から取扱説明書の交付を受けるとともに同社においてこれを修得の上、同人らが被告アイ・シー・エスの本件ロボット納入先に伝達したに過ぎず、やはり被告小澤は関与していない。

4(一) 同5(一)のうち、被告小澤が本件ノウハウのうち本件ロボット使用等ノウハウについて機密保持義務を負つていたこと及び被告アイ・シー・エスの取締役に就任したことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同5(二)のうち、被告アイ・シー・エスが金田機械と「精密鋳造法に係る鋳型造型用ロボットの販売に関する契約」を締結し、同社に同被告が日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに販売した本件ロボットの自動シェルコーティング装置二台を製造販売させたこと、金田機械からテイクアップシステムの図面及び本件取扱説明書の交付を受けたことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同5(三)の事実のうち、被告小澤が、原告在社中に本件ロボットについて引合のあつたユーザーに対し被告アイ・シー・エスが金田機械から本件ロボットの販売権を取得した旨を言つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告アイ・シー・エスが金田機械から本件ロボットの販売権を取得したのは事実であり、虚偽の事実を言い触らしたのではない。

(四) 同5(四)は争う。

5 同7のうち、被告アイ・シー・エスがテイクアップシステムの図面を被告小澤から交付を受けたとの点は否認し、その余の事実は認める。

6 同8の事実は否認する。

(被告アイ・シー・エスの認否)

1 請求原因1のうち、(一)ないし(三)の事実は認め(但し、被告小澤が原告を退職したのは昭和五四年七月二〇日である。)、(四)は知らない。

2 同2の事実は知らない。

3 同4及び5の認否は被告小澤の認否と同じ

4 同6の事実は否認する。

5 同7及び8の認否は被告小澤の認否と同じ

三  被告東京機械の抗弁

1  仮に金田機械が被告アイ・シー・エスに交付した本件ロボットの取扱説明書になんらかの機密が含まれているとしても原告は被告東京機械に対し右取扱説明書の機密保持義務を免除した。

即ち、被告東京機械は本件製造実施契約期間中に原告から発注を受けて四台のロボットを製造し原告指定のユーザーに納入したが右各ロボットには右取扱説明書と同じ内容の取扱説明書を添付した。また、右契約終了後には金田機械が原告から直接に発注を受けて二台のロボットを製造して原告指定のユーザーに納入したがこれにも右取扱説明書と同じ内容の取扱説明書が添付されていた。原告はこれらのことを十分承知しながらこれまで右六台のロボットの取扱説明書について被告東京機械や金田機械に機密漏洩として異議を述べたことは一度もなかつた。

2  原告は本件製造実施契約の期間満了前から金田機械に対し、右契約終了後は被告東京機械を抜きにしてロボットの製造について直接取引してもらいたいとの要請をし、遅くとも右契約終了直前ころまでには原告と金田機械との間でその旨の合意が成立していたから、本件製造実施契約終了後は金田機械は原告のために本件ロボット、テイクアップシステムの図面や本件ロボットの取扱説明書を保管するようになつたものであり、被告東京機械が金田機械に対し右図面等の回収その他の機密保持のための措置及び同社に本件ロボットを原告以外に販売させないようにする措置を講ずることは不可能となつた。

3  被告東京機械は昭和五五年七、八月ころ、金田機械に対し、一再ならずその預かり保管中の本件ロボット及びテイクアップシステムの図面、取扱説明書を外部に出さないように厳重注意を与えていたのであるから、被告東京機械の機密保持義務は尽くされたというべきである。

四  被告東京機械の抗弁に対する認否

1  被告東京機械の抗弁1のうち、被告東京機械が本件製造実施契約期間中に原告から発注を受けて本件ロボット三台を製造し、うち一台を原告指定のユーザーに納入したこと、右契約終了後には金田機械が原告から直接に発注を受けて本件ロボット二台を製造して原告指定のユーザーに納入したことは認め、その余の事実は否認する。

2  同2のうち、原告と金田機械との間で本件製造実施契約終了後に本件ロボットの製造について直接取引する旨の合意が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1について

請求原因1のうち、(一)、(三)の事実はいずれも当事者間に争いがない。被告小澤の本人尋問の結果によれば、被告小澤は昭和五〇年以降原告の従業員の地位にあり、昭和五四年七月二〇日退職したことが認められ(原告と被告小澤との間では、退職日を除き争いがない。)、また、弁論の全趣旨によれば請求原因1(四)の事実が認められ(右事実は原告と被告東京機械との間において争いがない。)、上記認定に反する証拠はない。

二1  請求原因2(一)について

<証拠>によれば、請求原因2(一)の事実を認めることができ(右事実は原告と被告小澤との間においては争いがない。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  請求原因2(二)について

<証拠>によれば、原告は、本件技術援助契約に基づき、プレシジョン社から本件ロボットの日本における独占的製造販売権を許諾されるとともに、昭和五〇年八月ころ原告の代表取締役であつた佐々木信義(以下「佐々木」という。)及びその従業員が、プレシジョン社の親会社であるサーキャスト社に赴き、同社を経てプレシジョン社から本件技術援助契約に基づきロストワックス精密鋳造技術に関するマニュアル(甲第三四号証)の交付及び技術指導を受け、あるいはプレシジョン社の従業員を日本に招聘して技術指導を受けることによつて、同社から直接本件ノウハウ殊に本件ロボット使用等ノウハウの開示を受けたこと、また、原告は、被告東京機械から本件ロボットの製造を下請けした金田機械の技術担当役員として同被告に代わりサーキャスト社に赴いた西が同社から交付を受けた本件ロボットの図面等のうちテイクアップシステムの図面(乙第三号証の一ないし三)の交付を金田機械から受けることによつて、間接的にプレシジョン社からテイクアップシステム製造のノウハウの開示を受けたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告は昭和五〇年八月以降プレシジョン社から直接、間接に本件ノウハウの開示を受けることによつて、これを保持していたものというべきである。

三被告東京機械の債務不履行責任について

1  請求原因3(一)、(二)の事実は、被告東京機械がテイクアップシステムについても原告からその製造を請け負い、かつ、機密保持義務を負つたとの点、本件製造実施契約の期間満了後は本件ロボットを製造販売しない義務を負担したとの点を除き、原告と被告東京機械との間に争いがない。

2(一)  <証拠>を総合すれば、原告が被告東京機械の機密保持義務の根拠とする本件製造実施契約書(甲第八号証)の第八条によると、被告東京機械が本件製造実施契約において、右契約締結後一〇年間公開を禁じられた機密事項は同契約書にいう「本装置」即ち本件ロボットの製造に関する技術の外、被告東京機械が本件製造実施契約に基づき原告から修得したロストワックス鋳造法に関する技術情報にも及ぶものと規定されていること、被告東京機械から本件ロボットの製造を下請けした金田機械の技術担当役員西は、本件製造実施契約に基づき原告から本件ロボット製造ノウハウの開示を受ける被告東京機械に代わつて直接サーキャスト社に赴き、同社から自動シェルコーティング装置のみならずテイクアップシステムの製作についても図面(乙第三号証の一ないし三)の交付その他技術指導を受けて、これに関するノウハウを金田機械が被告東京機械に代わり保持するに至つたこと、ただテイクアップシステムを製作するにはロストワックス鋳造の技術が必要であつたためその技術を有する原告が金田機械に代わつてこれを自社製造することになつたこと、テイクアップシステムは自動シェルコーティング装置とともに本件ロボットの主要部分を構成し、ロストワックス精密鋳造法の用に供されることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、テイクアップシステムに関する技術情報は、本件製造実施契約書第八条にいう本件ロボットの製造に関する技術情報の一部を構成するものということができる。

(二)  もつとも、被告東京機械は、テイクアップシステムは極めて単純な構造のもので、その図面がなくても、ロストワックス鋳造の技術を有する者であればその現物を見ることにより容易に同様の機能を有する安価な類似品を製作でき、また、金田機械が被告アイ・シー・エスに交付した取扱説明書には本件ロボットの動かし方等が記載されているに過ぎないから、右図面及び取扱説明書はいずれも実質的に見て機密性を有しないと主張する。しかしながら、<証拠>によれば、金田機械がサーキャスト社を経てプレシジョン社から開示を受けたテイクアップシステムの図面である乙第三号証の一ないし三及び甲第三三号証にはこれを機密事項としてその公開を禁ずる旨の記載があること、金田機械が被告アイ・シー・エスに交付した取扱説明書には右甲第三三号証を始めとして本件技術援助契約上機密事項とされた図面が引き写されていること、日本国内において本件ロボットを使用していたユーザーはごく少数であつて、それ以外の者にとつてテイクアップシステムやその図面及び本件ロボットの取扱説明書に接する機会は少なかつたこと、ロストワックス精密鋳造技術を有した原告がテイクアップシステムを自社製造するのにも金田機械から交付された右乙第三号証の一ないし三を必要としたこと、本件製造実施契約期間満了後被告東京機械は金田機械に対しテイクアップシステムの図面についても機密事項であるから他に公開しないよう注意をしたことが認められ、右認定に反する証人西政喜(第二、第三回)の供述部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、テイクアップシステムの図面や本件ロボットの取扱説明書の記載事項は一般的に公開公表された技術に係るものとは到底いえないだけでなく、右図面がなければ本件テイクアップシステムを製造することが全く不可能とまではいえないとしても、これと同一のものを右図面に依らず独自に製造するのには多くの困難が予想されることからすれば、右図面は実質的な機密性を有しているというべきであり、これを引き写す等して作成されている右取扱説明書も実質的な機密性を有しているということができる。そして、仮に被告東京機械が主張するように、テイクアップシステムの構造自体はロストワックス鋳造の技術を有する者がその現物さえ見れば、図面がなくても容易に類似品を製造できる程度の単純なものであつたとしても、現物を見なければ類似品すら製造できないことは、その主張自体から明らかであるから、右主張事実は上記認定を左右するものではない。そして、上記認定の事実によれば、このことは被告東京機械も本件製造実施契約締結の際充分認識していたことが窺われるところであるから、被告東京機械の右主張は理由がない。

(三)  従つて、被告東京機械は本件製造実施契約において、自動シェルコーティング装置及びテイクアップシステムを含む本件ロボットの製造並びにロストワックス鋳造法に関する技術情報についても、同契約締結の日である昭和五〇年六月二六日から一〇年間はこれを第三者に公開しない義務を負担したものというべきである。

3  そこで、被告東京機械の抗弁2について判断する。

<証拠>によれば、原告は本件製造実施契約期間満了前である昭和五四年一二月ころから金田機械に対して本件製造実施契約と同一内容の取引を被告東京機械を除外して直接してもらいたいとの要請を行い、遅くとも本件製造実施契約期間の満了した昭和五五年七月一八日の前後には原告と金田機械との間にその旨の合意が成立したこと(右合意の成立したことは原告と被告東京機械の間に争いがない。)、原告は右合意に基づき金田機械に対し昭和五六年五月二日及び同月三〇日に本件ロボットのうち自動シェルコーティング装置をそれぞれ一台宛発注し、その納入を受けたこと、本件製造実施契約期間満了後被告東京機械は、原告から、金田機械に対して本件ロボットの図面回収等の措置を講ずることを請求されたことはないことが認められ、原告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件製造実施契約期間満了後は、金田機械は本件ロボットの製作図面及び被告東京機械を介して原告から修得した本件ロボット製造ノウハウを原告との直接契約に基づき保持し、かつ本件ロボットを製作するようになつたものというべきであつて、被告東京機械の金田機械に対し右図面の回収等本件ノウハウの機密を保持させるための措置を講ずる義務及び同社をして本件ロボットを原告以外に販売させないための措置を講ずる義務は、同被告の責めに帰すべからざる事由により履行不能となり、消滅したものというべきである。なぜなら、金田機械は、本件製造実施契約の枠外において、原告との直接契約に基づき本件ノウハウを保持し、本件ロボットを製造し続けることを許容されたものであるから、本件製造実施契約による被告東京機械の監督には服さないこととなり、右状況下で被告東京機械に対して金田機械に右ノウハウの機密を保持させ、本件ロボットを原告以外に販売させないようにするための措置を講ずる義務を負わせることはできないからである。

なお、金田機械が、本件製造実施契約に関し被告東京機械と同一あるいは同被告の履行補助者であると見るべき事情を証拠上認めることはできない。

4  従つて、被告東京機械が原告と金田機械との右直接契約成立後も右義務を負うことを前提とする原告の被告東京機械の債務不履行の主張は失当であり、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告東京機械に対する請求は理由がないというべきである。

四被告小澤の債務不履行責任について

1  請求原因4(一)のうち、被告小澤が本件ロボット製造ノウハウについても機密保持義務を負つたとの点及び機密保持義務の存続期間の点を除く事実は原告と被告小澤及び被告アイ・シー・エスとの間に争いがない。また、機密保持義務の存続期間についても、少なくとも昭和五九年七月二〇日までは、被告小澤が機密保持義務を負つていたことは右当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、本件誓約書第一、第二項には機密保持義務の対象事項として、被告小澤が原告において精密鋳造品の生産に携わることによつて知りえた「プレシジョン社との技術提携による精密鋳造技術に関する設計図面、仕様書、方案、プロセス及原材料の取扱い」及び「精密鋳造品の生産に関する装置及び器械設備」に関する情報と記載されていること、原告代表取締役の佐々木は、本件技術援助契約締結後原告がプレシジョン社から許諾された本件ロボットの日本国内における独占的製造販売権の実効性を確保するために、原告の従業員に対し、プレシジョン社に対し機密保持義務を負うかどうかにかかわりなく、同社から開示を受けた本件ノウハウのすべてにわたつて広く機密保持義務を負わせることを考え、その趣旨で、被告小澤に指示して本件誓約書の文案を作成させ、被告小澤にこれを署名させて差し入れさせたこと(本件誓約書を被告小澤が原告に差し入れたことは、原告と被告小澤及び被告アイ・シー・エスとの間に争いがない。)が認められ、右認定に反する被告小澤本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件誓約書で被告小澤が機密保持義務を負つた「精密鋳造技術に関する設計図面、仕様書、方案、プロセス及原材料の取扱い」及び「精密鋳造品の生産に関する装置及び器械設備に関する情報」は本件ノウハウすべてを意味するものと理解すべきである。

もつとも、<証拠>によれば、本件技術援助契約書(甲第九ないし第一二号証)のうちロストワックス精密鋳造品の製造技術に関する契約書(甲第九及び第一〇号証)にのみ原告のプレシジョン社に対する機密保持義務の規定が存し、右規定の存したことが原告においてその従業員に対し本件誓約書を差し入れさせる契機となつたことが認められるが、前記認定のとおり、佐々木は右契約書の条項とは離れて原告従業員に本件ノウハウすべてにわたつて広く機密保持義務を負わせる趣旨で、本件誓約書の文案を作成させたのであるから、右事実をもつて被告小澤が原告に対し本件ロボット製造ノウハウについては機密保持義務を負わなかつたということはできない。

従つて、被告小澤は本件ノウハウのすべてについて、少なくとも昭和五九年七月二〇日までは機密保持義務を負つたものというべきである。

2  原告は被告小澤の債務不履行の態様として、同被告が原告において自ら修得した本件ノウハウ及び退職の際原告会社から無断で持ち出した本件ノウハウに係る資料等を被告アイ・シー・エスに開示したと主張しているので、以下この点につき順次検討する。

(一)  本件ロボット使用等ノウハウの漏洩

<証拠>によれば、被告小澤は原告在社中に本件ロボットに係るエンジニアリング業務を統括し本件ロボットによるロストワックス精密鋳造技術に関するマニュアル(甲第三四号証)、テイクアップシステムの図面等本件ノウハウに接する機会があつたこと、原告は本件製造実施契約に基づき本件ノウハウのうち本件ロボット製造ノウハウのみを被告東京機械を通じて金田機械に開示し、本件ロボット使用等ノウハウは開示していないこと、従つて、金田機械は本件ロボット使用等ノウハウ(例えばスラリーの質、砂の種類の選択に関する知識等)を有さず、本件ロボットを作動させることはできても、これを使つて、ロストワックス精密鋳造品を作ることはできなかつたこと、被告アイ・シー・エスは、後記認定のとおり、原告において製造販売していた本件ロボットと同一のものを製造販売することをその目的の一つとして、原告在社中に、技術者ではないものの、本件ロボット使用等ノウハウに接する機会のあつた被告小澤を取締役として迎えて設立された会社であるが、被告小澤が本件ロボット使用等ノウハウについて知識を有していたことを除いては、被告アイ・シー・エスにロストワックス精密鋳造技術についての専門家はその当時居なかつたこと、本件ロボット使用等ノウハウなくしては本件ロボットを使つてロストワックス精密鋳造品を作ることは不可能であり、右ノウハウを他から開示されることなく自ら開発するには長時間を要すること、しかるに被告アイ・シー・エスは金田機械から購入した自動シェルコーティング装置を基に完成させた本件ロボットをその取引先に販売するとともにこれを使つて精密鋳造品を製造する技術を指導したこと、被告アイ・シー・エスと金田機械との間の本件ロボット製造実施契約書(丙第三号証)には、被告アイ・シー・エスが金田機械にロストワックス精密鋳造技術に関するノウハウ及び製造に関する作業秘密並びに主原材料の取扱いに関する情報を供与する旨の記載があることが認められ、<証拠>は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定したところによれば、被告小澤は被告アイ・シー・エスに対し本件ロボット使用等ノウハウを漏洩したのではないかとの強い疑いが存することは否定できないが、他方被告小澤が技術者でないことを考えると、同被告が本件ロボット使用等ノウハウのすべてを理解し、かつそのすべてを漏洩する能力があつたかについては疑問が残るところであり、またさればといつて、被告小澤が本件ノウハウ中いかなるものを被告アイ・シー・エスに漏洩したかについてこれを特定して認定するに足りる的確な証拠はない。

(二)  本件ノウハウに係る資料の持出

原告は、被告小澤が退職の際原告会社から無断で持ち出した本件ロボットの取扱説明書、ロストワックス精密鋳造技術に関するマニュアル、本件ロボットの図面、テイクアップシステムの図面を被告アイ・シー・エスに開示したと主張するが、右のうちテイクアップシステムの図面及び本件ロボットの取扱説明書は、<証拠>によれば、いずれも金田機械から被告アイ・シー・エスに交付されたことが認められるのであるから、被告小澤がこれらを原告から持ち出して被告アイ・シー・エスに交付したものと断定することはできない。また、ロストワックス精密鋳造技術に関するマニュアル(甲第三四号証)を被告小澤が原告から持ち出したとの点については、原告代表者本人尋問の結果中にこれに沿う供述部分もあるが、右供述は原告代表者の推測を述べたものに過ぎないから、これだけでは右主張事実を認めるに足りない。さらに、被告小澤が本件ロボットの図面を持ち出したとの点についても、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(三)  ところで、<証拠>を総合すれば、被告小澤は昭和五四年一二月ころから、被告アイ・シー・エスの取締役として、本件製造実施契約及びその下請契約に基づき本件ロボット製造ノウハウを有していた金田機械に対し、本件製造実施契約が昭和五五年六月に期間満了により終了した後は本件ロボットを被告アイ・シー・エスに販売されたいとの申し入れをし、以後被告小澤が被告アイ・シー・エスの責任者となつて金田機械との間で交渉が行われ、昭和五五年六月二八日同被告と金田機械との間に「精密鋳造法に係る鋳型造型用ロボットの販売に関する契約」が締結されたこと(右契約が締結されたとの点は原告と被告小澤及び被告アイ・シー・エスとの間に争いがない。)、金田機械は右契約に基づき昭和五五年一一月ころ被告アイ・シー・エスに対してテイクアップシステムの図面(乙第三号証の一ないし三)を交付するとともに(この点は原告と被告小澤及び被告アイ・シー・エスの間に争いがない。)、昭和五五年一一月二六日から同五七年六月三〇日までの間に被告アイ・シー・エスから本件ロボットの注文を受け、昭和五六年三月から同五七年一〇月までの間に合計四台を同被告に対して製造納入し、これに添えて本件ロボットの取扱説明書(乙第六号証)を交付したことが認められ(金田機械が被告アイ・シー・エスに対し本件ロボットを製造販売したこと及び右取扱説明書を交付したことは被告小澤及び被告アイ・シー・エスの間に争いがない。)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定したところによれば、被告小澤は原告に対し本件ノウハウにつき機密保持義務を負つている立場にありながら、原告がプレシジョン社から開示を受けた本件ロボット製造ノウハウを有する金田機械に対して積極的に働き掛けて被告アイ・シー・エスとの間に本件ロボットの販売契約を締結させ、これに基づき金田機械から同被告に右機密保持義務の対象事項に属するテイクアップシステムの図面及び本件ロボットの取扱説明書(これらは本件誓約書の機密事項である「設計図面」及び「精密鋳造品の生産に関する装置」に関する情報に当たると考えられる。)を交付させたのであり、このように本件誓約書により機密保持義務を負つている者が、原告から開示を受けて本件ノウハウを有する者を唆してこれを第三者に公開公表せしめることも同誓約書にいう機密の漏洩に当たるものというべきであるから、被告小澤には機密保持義務違反の債務不履行が成立するものというべきである。

五被告アイ・シー・エスの不法行為について

<証拠>によれば、被告小澤は原告の従業員として本件ロボットに係るエンジニアリング業務に従事していた昭和五四年初めころ、原告と有限会社染谷製作所との取引に関連して同社の専務取締役であつた染谷と頻繁に接触したこと、そのころから有限会社染谷製作所はロストワックス精密鋳造業務を目的とする関連会社を新たに設立することを計画していたが、同社はロストワックス精密鋳造技術を有していなかつたため、右染谷は被告小澤が原告において本件ロボットを使つたロストワックス精密鋳造業務及びそれに関するエンジニアリング業務に従事して本件ノウハウに接し、かつ原告の取引先と面識を有することに着目し、同被告を右新会社の取締役として迎え、同人が本件ノウハウに関し原告に対し機密保持義務を負つていることを知りながらこれを被告アイ・シー・エスに漏洩させ、あるいは原告の取引先に取引開始の交渉をさせようともくろみ、原告在社中の被告小澤を説得して右新会社の設立に主要メンバーとして参画させ、昭和五四年七月一一日営業目的を殆ど原告と同じくする被告アイ・シー・エスを設立して自らその代表取締役に就任するとともに、被告小澤をその取締役に据え、同月二〇日には同被告を原告から退社させたこと、その後、被告小澤は原告から機密漏洩行為に対する警告を受けながらこれを無視し、あえて染谷の指示のもとに前記認定のとおり金田機械との本件ロボットの販売契約の締結交渉に当たつてこれを成立させ、これに基づき、前記認定のとおりテイクアップシステムの図面等を交付させた外、原告が本件製造実施契約期間満了後も本件ロボットの独占的販売権を保持しているのを知りながら本件ロボットを販売させたこと、染谷は金田機械がカナダ法人シェル・オーマティック社から本件ロボットの製造権を取得し、あるいは本件ロボットを自社開発したとの虚偽の事実を新聞等を通じて宣伝したこと、また、被告小澤は原告が本件ロボットの販売権を保持していることを知りながら、顧客に対し被告アイ・シー・エスが被告東京機械ないし金田機械から本件ロボットの独占的販売権を取得し原告は右独占的製造販売権を喪失したとの虚偽の事実を言い触らして、原告と本件ロボットの販売につき交渉を続けていた日立製作所及びジューキ会津プレシジョン社に、後記六のとおり本件ロボットを販売したこと、以上の事実が認められ、<証拠>のうち右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上のような、被告アイ・シー・エスの代表取締役染谷及び取締役被告小澤の各行為は、同被告が原告に対し、本件ノウハウに関し機密保持義務を負つていることを知りながら、機密漏洩行為をさせた点において、また製造したロボットをあたかも自社開発し、原告がその製造権及び販売権を喪失したかの如く虚偽の宣伝をして原告が現に販売交渉をしていたユーザーに販売した点において、企業間の自由競争の限界を逸脱し違法性を帯び、不法行為を構成するものというべきであり、被告アイ・シー・エスは染谷及び被告小澤の行為について、民法四四条に基づき不法行為責任を負うというべきである。

六被告アイ・シー・エスが金田機械との間に締結した精密鋳造法に係る鋳型造型用ロボットの販売に関する契約に基づき同社から購入した自動シェルコーティング装置に同社から交付を受けた図面に基づき自社製造したテイクアップシステムを取りつけて原告会社の製造に係るロストワックス精密鋳造用ロボットと同一ロボットを製造し、昭和五七年にそのうちの一台を日立製作所に、一台をジューキ会津プレシジョンにそれぞれ販売納入したことは原告と被告小澤及び被告アイ・シー・エスとの間では争いがない。

七1 <証拠>を総合すれば、本件ロボットは、従来人手に頼つていたロストワックス精密鋳造品の製造工程を自動化することによつて、その品質の向上及び製品の大型化並びに省力化を可能にした面期的なものであり、本件ノウハウなくしては製造及び販売をなしえないものであつたこと、しかも、本来本件ノウハウを有していたのは国内においてはプレシジョン社からその開示を受けた原告のみであつて、日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに対して被告アイ・シー・エスが本件ロボットを販売する以前から原告と右両社との間でその販売交渉が進行中であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、被告アイ・シー・エスが本件ロボット二台を製造して日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに販売することができ、その結果原告が右両社に対する販売の機会を失うこととなつたのは、前記四、五において認定した被告小澤の債務不履行及び被告アイ・シー・エスの不法行為によるということができる。

従つて、被告小澤及び被告アイ・シー・エスは原告に対し、原告が右両社に対する販売の機会を失うことによつて喪失した利益を賠償する義務があるというべきである。

そして、<証拠>によれば、原告は本件製造実施契約に基づき被告東京機械から、また金田機械に対する直接注文に基づき同社から納入を受けた自動シェルコーティング装置に自社製造に係るテイクアップシステムを付けて完成させた本件ロボットのうち三台をユーザーに販売し、それにより一台当たり一四七五万円ないし八五〇万円(一台平均約一二三〇万円)の荒利益を得ており、それから販売経費を引いた後の利益は一台当たり平均一〇〇〇万円を越えていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、原告は日立製作所及びジューキ会津プレシジョンに対する販売の機会を喪失したことにより、少なくとも一台につき八五〇万円、二台分合計一七〇〇万円の利益を喪失したものというべきである。

原告の損害額が右の金額を越えることを認めるに足りる的確な証拠はない。

2  そうすると、原告は被告小澤に対しては債務不履行による損害賠償として、被告アイ・シー・エスに対しては不法行為に基づく損害賠償として、連帯して金一七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である被告小澤については昭和五七年一〇月二六日から、被告アイ・シー・エスについては同月二三日から、各支払い済みまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め得るものといわなければならない。

八よつて、原告の本訴請求のうち被告小澤及び被告アイ・シー・エスに対する請求は右に認定した限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、被告東京機械に対する請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官高田泰治 裁判官矢尾 渉)

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